プロローグ How are you tonight…J?
Jは彼女のニックネーム、意味は ”ひよこ” 27歳のタイ女性、 ひよこのようにぴーぴーぴーとよく喋るからママが付けたニックネームよ、
今、TA TA YONGの歌声が、優しいメロディに乗って私の部屋を潤している、 何と言っているのかは私には殆ど判らない、時々、「アライ….マイガン…ニータイ
ソ…パイ プロアー……….マイ….ジャーイ…」
確か、あのときに私の横でタクシーのラジオから聞こえてくる曲に合わせて、少しでもその歌詞の意味を、そして歌詞の雰囲気だけでもタイ語を理解出来ない私に分
かって欲しいと思ってか、Jが私の耳元で歌っていた、その声が私の記憶の片隅に蘇 る、
いつの日か、 記憶も薄れ、意識さえ遠いてしまう時も来るだろう、いつまで覚えていられるのだろう。 いずれは何もなかったように別れてしまうのだろうか、Jとの数日間を私の為に書き留めておきたい、
…….ふと目がさめる,遮光カーテンの隙間から忍び込んで来る外の光が、今日も南国の海辺は穏やかな良い天気である事を教えてくれている、私の左腕に両手を絡ませたまま眠っている少年のようなJの寝顔に、差し込んで来る優しい光が溶けている、
……「何時頃なのだろう」….今までの人生のなかで感動の時の幾つかは感覚として残ってはいるが、至福の時と言うのはこの事なのだろうか、
二日前、午後11:00.ドムアン空港ターミナル1. 到着ロビー、互いに言葉を必要としない、2人の視野には互いの姿以外は見えない、 Helloも久しぶりも無い、ただ抱きしめあう、それだけで充分だった再会、
曲がりくねった過去の出来事、悪戯のような出会い、5ヶ月もの長い時、細い一本のラインだけで繋がっていた2人、 そうだったからこそ、そうさせるのだろうか、互いに無言と言うより、言葉が出ない、日本とタイの2人をつなぎ留めていた一本のラインがドムアン空港のロビーで線が点になった、
一夜明けて、2人のための数日間を、エラワンプームにお願する、「線香の煙がとても目に染みる」 と言いながらもそれ以上に涙を流していたような気がするJ、
パタヤのショッピングセンターでの互いの水着やリゾートウエアなどの買い物をする
「ねえねえ水着とパレオも買っていい」?
「それとタオルもそう日本製がいいわ」
「わー、柔らかくって気持ちがいいネ」
「サンダルもね」
「あなたはあそこのウインドウに飾ってあるあれがいいわよ、ちょっと派手かなァ、だけれどここはパタヤだからいいよね」
……「このアクセサリー水着にピッタリよ、どう?」
パタヤビーチでモーターボートの激しい揺れに負けまいと私にピッタリと身を寄せて、ボートの揺れに翻弄されるのが楽しそうに微笑み、抱きつきキスをして来ては、またキスをせがむ、
ラン島のビーチで泳ぎ 水上スキー パラセーリング ジェットスキー、
「一度やって見たかったんだァ」 Jはおおはしゃぎだ、
「何年ぶりなのだろう….海でこんなに楽しく泳いだのは」
日が暮れてから、手をつないでビーチ通りをそぞろ歩く、
「ねえ疲れたから少しだけおんぶして」
「ハイハイ、どうぞ」 Jを背負いながら歩くと、通りの店の人が一斉に視線を送ってくる、 Jはそれを見せびらかすように得意げに背中で少しだけ暴れておどけてみせる、
オープンエアレストランでのタイ料理、「あなたはエビが好きだったよね、はい食べてね」
「このカクテル、ストローが二本あるから一緒に飲みましょう」
…「あなた汗をかいている、トムヤンが辛かったかしら」
………Jが楽しんでいる事が私にとってはとても幸せに感じる、
ホテルへ戻るとオープンラウンジではピアノ演奏の歌とカクテルに酔いしれ、日常の何もかもを忘れて時が過ぎて行く、
確か…二人が眠りについたのは既に午前4時を廻っていただろうか、
パタヤの町のどこからともなくバイクや車の騒音の中に人々の叫びや呼び合う声が聞こえてくる、眠る事のないだろうこの町の深夜も過ぎた時間に、海を一望できる最上階の部屋のバルコニーで心地の良い乾いた空気を楽しみながら他愛も無い話を互いに交わす、
バルコニーで、私はJの正面、イスに腰掛けているJの膝元に上半身を預けた姿勢で何を話していたのだろう
……….何かの言葉がきっかけになったのか、突然に、ぽとり、ぽとり、と、首筋に落ちてきたJの涙、「J、…どうしたんだい」?
Jのしゃくりあげる声だけ聞こえる、
……….「私の人生は何処かで狂ってしまった…ママが死んだ時から」
「暫らくそれを知らなくってバンコクで好き方題していたわ、お金だっていっぱい稼いだわ」、
「でも、それからと言う物は働けない父と4歳の息子とを支えてゆかなければならないし3年前のアクシデントで思うように働けない身体になっちゃったし…どうしたらいいのか良く判らない」
……「友達もいなくなってしまった」
……..「良くしてあげた友達さえも」
…… 「あなたと出会ったのは神様が私にプレゼントしてくれたように思える」
「お願いだから私のもとを去らないで欲しい」
「誰かに支えて欲しいと思っていた所にあなたが現れたのよ」…………………….
「今日まで….毎日があなたを恋しがる日々だった、やっと会えたけれど、でも、でも」………
また声を詰まらせ言葉が泣き声に変る、Jは私の胸に顔をうめて泣きじゃくる
「うんうん もう何も言わないで、僕はJを支えるよ、約束する」………
「但しできるだけ」…….は言葉にしなかった、 Jには勿論聞こえていないだろ。 |